イセゴリア(isegoria)とパレーシア(parrhesia)は、どちらも古代ギリシャの民主制において重要とされた「自由な発言」に関する概念である。
イセゴリアとは、「発言の平等」または「発言する権利の平等」を意味する。これは、すべての市民が、民会(エクレシア)などの公的な場で発言する機会を平等に持つことを意味する。
背景にあるのは、古代アテネの民主制では、市民が政治に直接参加することが重視され、その前提として誰もが発言できる機会や場が必要であったと考えられる。
パレーシア(パレシア)とは、「率直に語ること」「真実を語る勇気」を意味する。特に権力者或いは大衆に対して、リスクを承知で真実を語る行為をいう。
単なる自由な発言ではなく、倫理的な勇気や責任が伴う行動である。
イセゴリアは制度的・形式的な「発言の権利」であり、パレーシアは内容的・倫理的な「真実を語る勇気」ととらえることができる。
このふたつは民主制の根幹を支えるもので、イセゴリアが制度を整え、パレーシアがその中身を支えるといってよい。
真理に立ち向かう自由が民主主義とすれば、それがなければ情報支配社会になる。現代の言論の自由や公共的対話のあり方を考えるうえで、深い示唆を与えてくれる。
イセゴリアとパレーシア
